花のあとさき

歴史用垢です。幕末、特に新選組を中心とした話が主になると思います。書簡や当時の暮らし、文化にも興味があるのでその辺りも書ければ良いなぁと思います。Twitter:http://twitter.com/sochan_0530
歴史用垢です。
幕末、特に新選組を中心とした話が主になると思います。
書簡や当時の暮らし、文化にも興味があるのでその辺りも書ければ良いなぁと思います。

Twitter:http://twitter.com/sochan_0530

切捨御免。

またの名を無礼討ち。


武士が持っていた特権の一つです。
百姓や町民から無礼を受けた場合、その相手を武士が惨殺しても罪にならないというもの。
自分たちの威厳や名誉を守るための自己防衛とでも言うべきでしょうか。
当時の記録としては「手打ち」という言葉で残っているようです。



この「無礼」って何をしたら「無礼討ちしても良い無礼」になるのでしょう。
「無礼」と感じる行為は人によって違っていたでしょうし、曖昧なものですよね。
藩などによって細かい取り決めがあったかも知れませんが、時代劇でたまに見かけるような、町人が武士を怒らせるような事をしてしまって、必死で謝っているのにも関わらず斬ってしまう。これは無礼討ちとは認められません。

武士を怒らせてしまうような行為(刀に当たるなど)→それに対して武士が咎めても謝らない→その人間を斬る
この流れで初めて無礼討ちとなります。
無礼討ちは武士の特権であって、武士同士でも成り立ちます。



勿論、理不尽に無礼討ちされそうになった場合は抵抗しても良く、脇差でならば刃向っても良いとされていました。
寧ろ切り捨てられそうな方も武士ならば、抵抗しなければ恥とされ、例え生き残ったとしても厳しい処分が待っていました。



切捨御免と、斬ってはい終わりではなく、後の手続きが色々と面倒です。
斬られた方に原因があるとは言え、人を一人斬っているわけですから当然と言えば当然ですよね。



無礼討ちをした場合、すぐに役所に届け出、斬った刀を証拠として一旦取り上げ、そしてこれが無礼討ちであったと証言してくれる承認が必要となります。
暫くの謹慎となる場合もあったようです。



証人がいないと切捨御免と認められず、その場合、斬首、お家取り潰しという厳しい刑が言い渡されました。
そのため、証人が見つからない場合、刑が決まる前に切腹してしまう人がほとんどだったようです。
因みに、無礼討ちにしようと刀を抜いたにも関わらず、相手に逃げられてしまった場合、これも不名誉なこととされ、処罰の対象でした。
武士にとって都合の良いものかと思いきや、意外と厳しいのが切捨御免なのです。



おまけに言うと、他の藩や領の者を斬るということは、切捨御免であってもその相手の所属するところに対する反逆とみなされる事もあり、正当な切捨御免ならば罰を受けることは当然ないでしょうが、風当たりは強かったと思われます。



そんなわけでリスクが非常に高く、実際は切捨御免と認められたものは多くないようです。




身分差のあるご時世で高い地位にいた武士は町民や百姓にとって憧れや恐怖の対象だったのかもしれませんが、武士も武士で何だかんだと決まりごとに縛られて、肩身の狭い思いをしながらもそれを見せないように威張って見せていたのかもしれませんね。
そう考えるといつの世も世知辛いなぁ…。

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